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Keiichi Taniguchi

インタビュー vol.6 平野恵一選手/オリックス・バッファローズ © OLIX Baffaloes

いろんなことにトライしてました

 川崎はボクのふるさとです。実家は多摩区。多摩丘陵と多摩川に挟まれた地域で育ちました。子どものころは多摩丘陵を山だと思っていて、よくチャリンコで走りまわって遊んでました。とりわけ多摩川の景色は懐かしいですね。嫌なことがあった時など土手にのぼって、川の流れを眺めてました。すべてを受け止めてくれる存在でしたね。土手の上でキャチボールしたり、デートしたこともあるし、甘酢っぱい思い出もありますよ。
 小学校時代はいろんなスポーツをやってました。体育の授業とか休み時間とかに、ポートボール、バスケ、バレー、時にはキックベースだったり。親が共働きで学童保育だったのですが、施設の環境が整っていたので、そこでもトライするチャンスがありました。とにかく6年間、身体を動かしてましたね。

「いいな」と感じたものを選択すればいい

 野球は小学5年生から。父親が監督をやっていたリトルシニアのチームに入りました。強制されたわけではないんです、高学年になるにつれ、友だちが塾とかスポーツクラブに行きだして、だんだん遊び仲間が減っていく。「ボクもなにかしなくちゃあ」と思ったんですね。年上の人たちに混ざるのは好きでした。「できるぞ」とか「うまいぞ」とおだてられて、いつの間にか「野球は楽しいな〜」って。
 中学では3年間サッカー部でした。なので、週末はリトルシニアで野球、平日は部活でサッカーという生活。一見スポーツ漬けという感じですが、先生も親もよき理解者で、無理なく自由にやらせてもらえました。

 卒業後の進路は迷いました。で、結局、サッカーは難しいけど野球なら頑張ればなんとかなるかな〜と。少しだけ自信があったんですね。

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なにかしなくちゃあ